【広島】天然うさぎ 広島県大久野島 ガス資料館と雨の瀬戸大橋。

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今日の使用機材

今回旅行で持ち出すのははじめての新レンズの

タムロンSP 15-30mm F/2.8 Di VC USD

紹介している写真はすべてこのレンズで撮影しました。

フルサイズの15mm 今までの28mmとは別世界!!

こちらも今回の旅行で初登場のカメラストラップ。

他の記事ではこれについてのレビューも書いています。

良ければそちらもどうぞ♬

はじめに

こんにちは。

夏が終わって秋に入り、雨が多い日が続きますね。

お天気ばかりはどうすることも出来ない。

収穫の秋。

美味しい実りの届けを待ちましょう。

さて今回の旅行記は…。

広島県竹原市にある大久野島と言う島をご紹介したいと思います。

この島の名前を聞いたことがない人でも「うさぎの島」と聞けば

すぐにピンとくるのではないのでしょうか。

約7,000匹の野生化したうさぎたちが島の至る所に生息しています。

歩道が整備されている場所の何処にでもうさぎがいます。

僕がこの島に行こうと思った目的はこの島はかつて帝国日本軍が極秘裏に

毒ガスの開発を行っていた研究所があると言う島だと言うことを知って

その資料館が島にあり見学に行こうと思ったからです。

上陸した日は大雨でしたので島の半分ほどを散策。

毒ガス資料館と島内の数カ所の廃墟を見学しました。

アクセス

アクセスはJR 三原駅から呉線にのり「忠海駅」を下車後

徒歩7分程でフェリー乗り場に到着。

そこから大久野島行きのフェリーに乗船します。

忠海駅へ向かう起点になる新幹線 三原駅。

駅前は三原城跡がドカーンとそびえる以外は静かな駅でした。

晩飯は三原駅近くの居酒屋で食べました。

おみせのマスターが裏メニューの名物タコ料理をサービスしてくれました。

九州出身の店のマスターは各地を渡り歩き最終的に三原に腰を落ち着けたとのこと。

理由は海に山にこれだけの環境が揃っている場所はココのお気に入りな場所だという。

JR忠海駅から大久野島へ

忠海駅から徒歩8分。

大久野島へ向かうフェリー乗り場があります。

20人ぐらいがならぶチケット乗り場でチケットを購入し乗船。

15分~20分ほどで大久野島へ到着します。

空はどんよりとした曇り空ですが島へ向かう人はたくさんいます。

このフェリーは車も積んで行くことが出来ますが島内を自家用車で走る

事は出来ません。

大久野島 (フェリー乗り場から発電所へ)

フェリーが大久野島に到着しました。

上陸して驚いたのが、さすが「うさぎの島」と呼ばれる程の島。

見渡すかぎり 「うさぎ」ばかりです!!

これが人間に慣れているもんで手からあげる餌をモゴモゴと可愛く

食べる姿は本当に可愛かったです。

青空うさぎカフェとはまさにこの事!

まずはトンネルを抜けて向こう側に見える発電所の跡地へ

向かいます。

大久野島(発電所跡地)

トンネルを抜けるとそこには3階建ての高さの発電所跡地。

1927年に旧陸軍の管理下になり住んでいた住民たちは退去となった。

そしてその後の1945年の終戦まで毒ガス兵器を世界に対し秘密裏に開発していたのです。

関係者以外はこの島で毒ガスが作られている事を他言することを

禁止され当時の陸軍の地図ではこの島は消されていたそうです。

世界のルールで禁止されている残虐兵器を日本が開発していたなんて。

大久野島(うさぎたち)

今ではすっかり「うさぎの島」として生まれ変わっている大久野島

島の奥へ進むと発電所意外の廃墟も現れてきます。

しかし何処を歩いていてもうさぎがいます。廃墟の中もうさぎがピョンピョン。

完全に警戒心の無いうさぎたち。

島内の何処を歩いていても山から建物からうさぎが飛び出してきます。

時にはこんな道端で昼寝をしているうさぎにも遭遇。

うさぎななぜのうさぎとなって繁殖をしたかというとかつてこの島の小学校で飼っていた

うさぎが野生化したと言うことです。

実験用のうさぎが逃げ出して野生化したと言う説もあるそうですが実際には全て

終戦後に殺傷処分されたそうです。

大久野島(火薬庫)

火薬庫に到着しました。

この火薬庫は天井の部分が簡素にできていて壁はレンガで頑丈にできています。

これは火薬庫で爆発が起こった時に爆風が左右に広がらずに空に向かって爆風が

飛ぶように設計されていたそうです。

火薬庫は外から見えないように目立たない森の中にありました。

ゴロゴロゴロゴロ〜

空はカミナリがなり始め、いつ雨降ってもおかしくない状態です。

周りを見ると観光客はすっかり雨に備えて退散しているようす。

と思ったらドバーっと…。

バケツをひっくり返したかのような大雨が降り出しました。

うわぁー!!

僕らは思い旅行かばんを持ったままだったので慌てて傘を取り出し木の下に避難しました。

周りを見渡すと誰も観光客はおらず、大雨に驚いたうさぎも洞穴に隠れて行きます。

島内の歩道にはこのように昔の軍事工場の名残が…。

島内の遊歩道は木々に覆われていて上空からは何処も見えにくい。

このうさぎの島が当時は世界で禁止されていた毒ガスを秘密裏に開発して

いたなんて信じられない話です。

そうこうして毒ガス博物館に到着しました。

博物館は写真の撮影が禁止されている為写真はありません。

博物館の中には毒ガスの種類、そして効果、実績など。

写真パネルで展示されている武器としての毒ガスは目を覆いたくなる

被人道的な武器でした。

爆弾のように一瞬で爆発が起きるものでは無く将来に後遺症が残る。

皮膚がただれて白血病になって数年後、数十年後に毒が発症する。

被害にあった人以外の人も被害者となる毒ガス兵器。

当時の旧帝国陸軍は現在の中国に廃棄した毒ガス兵器を埋めた。

そしてその毒ガス兵器を未来に生きる人が偶然にも掘り返してしまった。

こうして関係ない人が毒ガスの被害にあってしまった。

戦後50年以上が経過した今でも僕ら日本が世界の約束を破り

毒ガスを開発したという負の遺産が全く関係の無い人に迷惑を掛けているのです。

今では世界中から「うさぎの島」ということで観光客が訪れる場所。

でも僕ら人間が同じ人間に対したしたひどいことを忘れてはいけません。

こうした資料館が後世に残るというのは絶対に必要な事です。

展示物の中に当時の工員の人の心中を書いた手紙が展示されていました。

家族にもいえず友人にも言えず毒ガスという殺戮兵器を秘密裏に

開発させられる若くして徴兵された日本の若者たち。

そう考えると自分たちがどれだけ幸せな時代に生きているのか。

展示されている手紙を見ながら複雑な気分になってしまいました。

さいごに

折り畳み傘では防ぎきれない程の大雨。

持っている荷物は傘からはみ出してすでにビショビショ。

僕らはすぐに島内を巡回している無料のバスに乗り込みフェリー乗り場へ。

雨から逃げるように船内へ潜り込みぐったりと本土へ戻りました。

船内に備え付けられているパンフレットを見ると大久野島では宿泊が出来る

施設もあり、島内ではツアーも開催していると言う案内でした。

この大久野島には「大久野島休暇村」という宿泊施設があります。

真っ暗な島から見る夜景はどうでしょう?

大久野島から見える朝日はどんなでしょう?

これは泊まってみる価値はありそう!

あいにくの雨空でしたが、目的の毒ガス資料館も見ることが出来ました。

うさぎも人懐っこくて見ていて飽きません。

擦れてない猫カフェぐらい素晴らしいふれあい具合でした。

三原駅から呉線に乗って海沿いを走りながら向かう忠海駅。

そこには海に面した造船所や三菱重工の工場が線路狭しと連なって迫力満点。

工業都市広島の壮大な工場の景色も一見の価値ありです

そんな魅力あふれる広島が僕は大好きです。

またまた天気のよい日にリベンジ広島です!!

おわり

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