【インド アーグラ】近くて遠いタージ・マハル。金曜日の定休でも見学OKな場所。

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インドについて


世界 第2位 13億人の人々が暮らし 面積は世界 第7位。

日本人にも大人気の{カレー}の発祥地でもある。日本には多くのインドカレー店舗があるが実は従業員のほとんどがネパール系でオーナーはインド人が多いとのこと。(近所のインド料理店談)

インドに渡航するにはビザが必要になるが、日本人である僕らの費用は格安。1,500円以内で6ヶ月のマルチプル(入国・出国が期間内は自由)のビザが取得可能。

非暴力・不服従で有名なインド建国の父 ガンジーの教えの通り、インドでトラブルにあっても暴力事件を起こされたことはなし。口喧嘩とねちっこい絡みでインド人と納得行くまで話して解決。とりあえずインド人は話が長い…。

インドは大きく分けて「北インド」「南インド」に分かれていて、旅をした感触としては南インドの人の方が親切で裕福な人が多くトラブルや面倒なことも少ない。

インドは北から南まで電車が走っていて格安で乗ることができる。電車にはグレードがあり最低ランクの電車に乗ると「物乞い」「物売り」などのインドならではのカオスな雰囲気を楽しむことができる。都市部ではスリ・ひったくり・強引な客引きに注意。

結構な確率で食事・水でお腹を下す。日本の正露丸よりは現地の薬局で薬を買うのがおすすめ。

「アイム・ダイアリーアー…(私は下痢です)」といえばOK。

北インド ツアー最後の都市 アーグラへ

(インド=タージ・マハル。場所は首都デリーではなくアーグラという場所。)

「インドってどんな場所?何があるの?」

そう聞かれたら一番最初に頭に浮かんでくるのはなんだろう?

ガンジス川?カレー?タージ・マハル??

僕が初めてインドの事を意識した数年前。

インドと聞いて想像したのがタージ・マハルだった。

ジョードプルでの観光を終え、ツアー最後の都市タージ・マハルのあるアーグラへやってき。

ここはインドの中でも一番嘘つきが多いペテンの町だとインド人でさえも口を揃える。

観光地には詐欺師あり。

北インド最後の観光都市アーグラを1泊2日滞在した。

予約されたホテルは正直いただけない。

まるで日本のラブホテルのような内装で窓もない部屋でシャワーも水。

ちなみに外気温はかなり低い。

外はジャケットが必要なぐらいの寒さだ。

ホテルマンへエアコンを使いたいというと驚きの返答。

「500₨別料金で払ってくれたら使っていい。」

その質問をしたあとに出た言葉。

「チップ?チップ??」

ふざけるな。

最後の最後。最低の都市アーグラをレポート。

宿泊したホテルはこちら。

本当に酷いホテルだと思ったので記事にする。

ホテルはデリーの旅行代理店で予約されていたもので現地で自分で選べず。

バックパッカーの基本、部屋を確認してから決める。それがいちばん大事。

この記事を見てくれた人の宿選びの参考になれば幸い。

OYO 10454 Hotel Riviera

金曜日はイスラム教徒しか入れないタージ・マハル

(中に入れずタージ・マハルを眺める事が出来る場所から夕日とともに。)

ジョードプルを後にしてアーグラへ到着したのは午後だった。

その日は木曜日、金曜日はイスラム教にとっての祭日であり男性は礼拝へ行くことが義務付けられている。そしてその日は他宗教の人間がモスクに入る事は出来ない。

僕は到着してホテルにチェックインしすぐにタージ・マハルへ向かった。

例のごとくホテルの近くでリキシャを捕まえたのだが、さすがに観光地。

あそこはどうだ?ここに行かないか??

そんな営業トークを終始ベラベラと語られ疲れ果てた所でタージ・マハルへ到着。

そこでさらに疲れを増したのが人の多さである。

世界的にな観光地なので人が多いのは当たり前なのだが。

それでもタージ・マハルに入場するためにあの長い行列に並ぶことが想像出来なかった。

そしてインド人と旅行者の10倍以上違う入場料についてもいい加減いらついていた。

料金の差が大きすぎて人が多すぎて…。

疲弊してしまったあげく結局、門の正面近くまで行って引き返した。

タージ・マハルに入場しなかった事に後悔はなかった。

もうインドの観光はお腹いっぱいになってしまったのだ。

タージ・マハルを諦めたらアーグラにいる意味なんて全くない。

タージ・マハルの周りのスラムっぽい場所を歩く方が100倍楽しかった。

せっかく来たなら入場せずに遠くからタージ・マハルを静かに眺めよう。

そう思ってタージ・マハルの周りを歩いて回った。

そこからタージ・マハルに沈む夕日を見ることにした。

ここはヒンドゥー教のお寺だそうだ。

そこに行くには小さな村を通って行く。

観光客は決して珍しくないようで何も反応されない。

人の多さに疲れた人はこの場所からタージ・マハルを見るのもおすすめ。

そんなこんなで木曜日の1日が終了。

明日は金曜日。早起きしても、人がいない時間を狙っても、異教徒の僕はタージ・マハルに
入場する事は出来ない。

それでもやっぱり後悔はなかった。

夕暮れまで遠くのタージ・マハルをみつめホテルに戻った。

やはりホテルは居心地が悪く、さっさと横になって寝ることにした。

↓ここからタージ・マハルを眺めて見ることに↓

Hazrat Ahmad Shah bukhari Rahmatullah Aleh Dargah

タージ・マハル以外にやることがない町アーグラ

(Black Taj Mahal近くのチャイ屋でリキシャドライバーと他の客とあたたまる。)

つまらないホテルでテレビもネットも無い。

窓もないし風呂も水。

まるで牢屋に入れられているような感じ。

ただ冷たい場所という感覚しかなかった。

1泊2日のアーグラ。

今日の午後には電車で南インドのゴアへ移動する予定だった。

もう北インドはいっぱい。

僕は早く南インドへ移動したいと思っていた。

まだ電車の時間まではかなりある。

そうだタージ・マハルを別の場所から見に行こう。

アーグラで他の観光地を探そうにもホテルではWi-Fiは不調と言われ使わせてもらうことが出来ず調べることも出来なかった。

僕はオフラインのダウンロード済みの地図を見ていた。

(タージ・マハルの川の反対側から見ることが出来る?)

Black Taj Mahal 

朝の7時前に起きた僕は真っ白な霧で10メートル先も見えない早朝の町へ飛び出した。

そして2.3分歩いているとすぐにリキシャが声をかけてきた。

「Black Taj Mahalへ行ってくれ。」

今日は金曜日。

どのみち入場する事は出来ない。

例のごとく僕はスマホのナビでドライバーに連れ回される事なく目的地へ近づいた。

リキシャが停まるとドライバーはある方向を指差し「この先がBlack Taj Mahalだ」という。

しかし、早朝すぎて霧がすごい。

数メートル先も見えないぐらいの濃霧。そして寒さ。

リキシャのドライバーは近くの茶屋で僕の帰りをを待っているという。

示された方向を見るがタージ・マハルは全く見えない。

仕方なく僕も濃霧が晴れるまで、タージ・マハルが見えるまで一緒にインド人達と朝ごはん&チャイをすることにした。

結局のところタージ・マハルがどうこうというより、こんな現地の人とのふれあいが一番楽しかったりした。

「火の回りに来い。」

と手招きされ現地人たちと火にあたる。

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(インドに良くいるタイプの雑種犬。子犬とお母さん犬とお店で一緒に生活していた)

(野良犬なのに飼い犬。チャパティもカレーもなんでも食べるたくましい野良犬)

(椅子はジュースケース。インド人&インド犬と一緒に過ごす。)

↓Black Taj Mahal↓

濃霧の向こうにあるタージ・マハル

(子犬は店に入れるが大人の犬は入れてもらえない。しっぽりと外でおこぼれを待つ)

チャイ屋で2時間ほど過ごしただろうか。

段々と気温があがりはじめ濃霧も薄くなってきた。

ホテルへ戻りバックパックを持ち駅へ向かわないと行けない。

あまりギリギリになって電車に乗り遅れたら終わりである。

また電車を予約すればいいが、こんな場所にこれ以上滞在したくない。

目的は対岸から見るタージ・マハル。

どんな姿でもいい。

アーグラへ着た目的を少しでも達成した気持ちにさせてほしかった。

視界も2時間前よりもだいぶ良くなかったところでタージ・マハルの対岸。

Black Taj Mahalへ向かってMehtab Baghという公園の中を歩いて行く。

(濃霧の向こう側に見えるタージ・マハル。)

公園の入り口で入場料を支払い園内へ。

等間隔で並ぶ植物を眺めながらまっすぐ対岸方面へ向かう。

まだまだ霧で対岸を見ることは出来ない…。

30分後…。

何かがうっすらと見えるようになってきた。

なにかはわからないがうっすらと…。

タージ・マハルだ。

ついにその姿を見ることが出来た。

空を見上げると霧の向こうに太陽も見える。

段々と霧が晴れてきているようだった。

公園の中にもちらほらと観光客が増えてきた。

と言っても外国人の姿はなく全員がインド人だった。

きれい…。

正直にそう思った。

写真で良く見るタージ・マハル。

それとは全く違った景色だった。

霧の中から現れるモスク。

荘厳な姿だった。

僕はしばらく色々な角度から対岸のモスクを眺めた。

そろそろ行かないと。

ホテルへ戻りバックパックを取り駅へ向かう。

渋滞にハマったら大変だ。

焦って良いことがないのはインドの旅。

初日のデリーで学んだこと。

時間が経つにつれて輪郭がはっきりとしてくるタージ・マハル。

それを名残惜しくも思いながらMehtab Bagh 公園をあとにした。

さようなら北インド 南インドへ

(公園からチャイ屋の途中にあるBhimrao Ramji Ambedkar像)

チャイ屋に戻りドライバーに声を掛ける。

ホテルへ戻り駅へ向かってくれ。

ドライバーは時計を確認して頷いた。

「必ず電車の時間に間に合わせてやる。」

急ぎ足でホテルへ戻りバックパックを再びリキシャに積み込む。

リキシャの素晴らしいドライブで予定よりもかなり早く駅へ到着したころ。

早朝の姿が嘘のようにくっきりとした青空が広がっていた。

今、あの時間、あの同じ場所へ行ったらはっきりと美しいタージ・マハルの姿があるのだろう。そんな事を一瞬思った。

これで北インドは最後。一般的な観光旅行は最後。

ここからゴアまでは電車で30時間。

長い長い電車の旅が始まる。

ありがとう北インド。

もう二度と来ることはないだろう。

最後の電車はAC3クラスの寝台列車。

同じインドだけれど全く違う南インドへ。

日本を経つ前に計画していた本当の目的地ゴアへ。

ここで2週間。のんびりと羽根を伸ばす予定だ。

色々あった北インド。

本当に色々あったようで薄っぺらかった。

旅行代理店に任せっきりで行きたくない場所を決めてしまったこと。

本当に自分の意思でやりたい事をやる。行きたい場所へ行く。

今回の旅行の前半で改めて自戒の念をこめた。

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