【マケドニア スコピエ】銅像ばかり!揺れる国名論争の国 マケドニア スコピエで過ごす2日間。

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マケドニアについて

正式名称:北マケドニア共和国

2018年4月に訪問した時点では「マケドニア共和国」。27年にわたり続くギリシャとの国名論争が集結し、国名が変更される。前身はユーゴスラビア連邦の構成国の1つで、南はギリシャ、東はブルガリア、西はアルバニア、北はセルビアおよびコソボと、四方を外国に囲まれた内陸国である。

大きさは九州の3分の2の大きさ。マケドニアにはアルバニア人、トルコ人、ギリシャ人などの人々が住んでいる。英語ができれば観光に問題ない。

詳細は「マケドニア呼称問題」を参照。

日本人は3ヶ月以内の滞在であればビザは不要。

ブルガリアからバスで入国。国境を越える時のパスポートチェックは無し。スタンプも無し。首都スコピエは小さな町で観光をする場所も特別ない。有名なのはマザー・テレサの出生地であること。

1963年に大地震に見舞われ街の80%が破壊されてしまう。

震災後国連の主導で行われたスコピエの中心部を範囲とする都市計画のコンペで日本人の都市計画家丹下健三氏が策定したプランが入賞する。

しかし、現地で地元やその他の国のチームが都市計画に参入。大幅な変更が加えられ、丹下氏の原案はスコピエ駅と駅西方向のシティーゲートと呼ばれるオフィス街の高層ビルの一部にその面影が辛うじて残る程度のものとなってしまった。

一番の印象は生演奏の聞ける高級レストランで食事をしたが1,000円程で収まる程の食費の安さ。ボリューム満点のハンバーガーも100円で食べられる。食事はギリシャのような肉料理が多い。

*一部 Wikipediaより抜粋

はじめに

(マケドニア スコピエの街は銅像ばかり)

ブルガリアのソフィアを出発して次に向かった国は隣国のマケドニア。

一体何があるのかマケドニア。漠然とEU方面を目指す旅。この旅始まって5各国目となるマケドニアへ到着。事前情報がほとんどないまま国境を越える。一応、事前にブルガリアで外務省の治安情報を調べてみるが特別危険な地域ではないようだ。

(訪れたスコピエは危険情報ナシ。その他の地域でもレベル1の地域のみ)

こちらも事前情報がない国のため、宿は事前にブッキングドットコムにて予約。マケドニアのスコピエに到着しバスを降りてからは宿へ直接向かうことにした。ブルガリアからのバスを降りてマケドニアのスコピエに到着した時には辺りは暗くなりはじめていた。

知らぬ土地ではなるべく明るいうちに行動するのが鉄則である。僕は早めに宿に到着しようと足早にバスターミナルから出るための準備をする。

バスを降り、バスターミナルに併設されている両替所にて、すぐに手持ちのブルガリア通貨 「レフ」をマケドニア通貨「デナール」に両替する。その両替所にてある出来事が。

両替所にて手持ちの「ブルガリア・レフ」を「マケドニア・デナール」に交換する。

両替所のスタッフに手持ちの全てのレフを渡しデナールを受け取り両替所を後にした直後に、同じ歩幅で横を歩いてくる青年が突然、話しかけてきた。

「どこへ行くんだ?」

「いくら両替したんだ?」

突然話しかけられ、行き先と、両替をした金額を尋ねられた。

僕は突然のことで警戒した。

しかし青年は怪しそうな雰囲気も無さそうな雰囲気。身なりもしっかりしているし、トルコのような髭面のアラビックな感じもない。なるべく暗くならないうちに宿に到着したかった僕は歩きながら彼と会話をする。

見知らぬ人間に宿の名前は教えないが、宿の近くのバス停まで行きたいことを伝えた。

スマホを見せながら彼にバス停の場所を告げると近道を教えてくれ、彼の教えてくれた道を改めてスマホで確認するが、どうやら道は本当に近道のようだった。

その後、彼は怪しい人間では無いと判断し、両替所で両替した「レフ」「デナール」を彼に見せた。すると彼は即座に僕にこう言った。

「このレートはおかしい。ぼったくられているぞ!」

彼は真剣な顔をして僕にそう言った。

僕は自分のスマホでレートを確認した。確かに少ない・・・。

確かに調べ直してみると、スマホで調べた「レフ」→「デナール」へ両替したレートよりも少ない金額しか渡されていなかった。なんとその青年は僕を連れて両替所へ。どうやらレートについて文句を言ってくれているようだ。

そして青年と両替所の人間のやりとりを一方下がって見ていると、両替所のスタッフから彼のもとへ数枚の「デナール札」が渡された。青年はボッタクられている僕の様子を見て、わざわざ両替所にボッタクられた分を取り返しに行ってくれたのだった。

宿へ向かう途中、青年に聞くと、彼はマケドニア人でブルガリアの軍隊に従事している兵士。僕は何度も彼にお礼を言い暗くなりはじめた街を宿に向かった。

どうもインドのように最初から突然話しかけてくる人間には警戒してします。

いや、それが正解なのかも知れない…。

とりあえずマケドニアで入国後は危険な目にあう事はなさそうだった。

ユニバース ホステル (Universe Hostel)

(宿泊した宿・今回は予約サイトのAgodaを利用)

バスターミナルから徒歩で15分。

無事に予約した宿に到着する。宿と言うか住宅街にある普通にお家。

初老の夫婦で営むアットホームなゲストハウス。

元気でちょっと犬臭いワンちゃんがいるw

清潔なシャワールームと共用のキッチンを完備。

Wi-Fi環境もバッチリ。

宿泊客は僕以外にはイギリスからの留学生が1人いるだけだった。

この宿は2泊の宿泊予約をとっていた。

マケドニア スコピエ観光

(アジア人観光客はほとんど見ないマケドニア)

宿の共用キッチン&リビングはとっても家庭的な雰囲気だった。

最後に使った人が消灯を確認し、戸締まりをするという具合。

リビングでスコピエの観光地を検索してみるが、これといった観光地や景勝地は無く、やることといえば街歩きをするだけという感じ。

とりあえず宿から数分の場所にある街の中心部に向かって歩いて見ることにした。

ブルガリアと同じように観光よりも生活しやすそうな感じの街である。

(ギリシャ語・マケドニア語・アルバニア語を使う多言語なマケドニア)

街の中心地にやってきた。

スコピエの街を歩いた感想は「人が少ない」である。

昨晩も宿の近くを歩いていたが街の大きさ、建物の数の割には歩いている人が少ないのである。中心部を歩けば、それなりに観光地らしく人も歩いているが少し離れるとさっぱりと人が歩いている姿を見かけなくなるのだ。

そんなスコピエの「あえて目玉」といえば世界の丹下健三氏の手がけた建築物とマザー・テレサ記念館だろうか。

このマケドニアのスコピエを歩いていると、とにかく銅像が目立つ。

街の至るところに「なぜ?」と思うほどに異彩を放つ銅像が鎮座しているのである。

これは「スコピエ2014計画」と呼ばれる計画と呼ばれるものである。

これについてもウィキペディアにて詳しく書かれていたので引用する。

スコピエ2014計画

マケドニアの政権に就く内部マケドニア革命組織・マケドニア国家統一民主党2010年に “Skopje 2014” と呼ばれる首都スコピエにより多くのモニュメント的なものとなる施設の整備計画を立てた。

計画にはいくつかの彫像や泉、橋や博物館が含まれ費用は5億ユーロが見込まれる。この計画に対して新たなランドマークとなる建物に対して保守的な歴史主義建築家からはコストや彫像やモニュメントに少数派の表現が欠けていることに関してや、スコピエをテーマパークのようにしてしまうと非難されている。

*Wikipediaより抜粋

以上のような説明もある程、不思議な方向へ向かう国マケドニア。

このような予備知識を持って街を観光したため、ほとんどの写真が銅像ばかりとなってしまった。今回の記事のメインはズバリ「スコピエの銅像集」である。

(靴磨きの銅像はなぜ笑顔なのか…。)

(名前も年号も書かれておらず誰なのか、皆目見当がつかない)

(橋の対岸には立派な佇まいの考古学博物館…。と手前の謎の銅像)

考古学博物館のHPがあるが、やたらとページが重い…。

(一大観光地、スコピエのヴァルダル川に掛かる石橋)

街を歩きながらカメラを向けても何処も銅像だらけである。

取り立てて有名な観光地の一つがこの「石橋」

石橋の上ではそれなりに観光客も多く写真を撮っている人も多いが、やはり感動はいまひとつ。それよりも気になったのが橋の下。川の中腹にも銅像が鎮座しているところ。

気になるこの銅像をアップで撮影して見ることにした。

(それはないだろう…。)

これも2014年計画の一部だったのだろうか。

この2014年計画の進むべき方向は一体何処だったのだろうか?

ちなみに2014年に完了するはずだった、この計画は案の定納期も遅れその後も工事中だったらしい。2018年の僕が訪れた時には工事をしている様子は無かったが完了していたのだろうか。

この様子じゃ「テーマパーク」のようだと言われても仕方なさそう…。

(説明&コメントが 無くなってきそうな程、意味不明な銅像が多い)

(街の中心地に本物のテーマパークを発見!)

(あれ?何処かでお会いしましたっけ?…)

  (これは完全にトー○スのパクリ)

マケドニアの石橋を挟んで広場がある。

その石橋の横に小さなテーマパークを発見した。

この昭和テイスト漂う遊具。

かつて日本の高度成長期にデパートの屋上でヒーローになっていたような遊具が、バルカン半島の彼方で今でもウインウインと現役で動いていた。動いてはいるが乗っている人は、ほとんど居なかったというオチまで付いている。

定期的に係員は操作をして誰も乗っていない遊具を可動させていた。

(バルカン半島最大の旧市街(トルコ人街)がある場所は昔の姿のまま)

石橋を渡り川の対岸へやってきた。

ここにはバルカン半島最大の旧市街(トルコ人街)がある。この場所は新市街とは違う昔の風景がそのまま残る場所。謎の銅像なども無く小さな路地が広がっている。

主に観光客が訪れるのはこの旧市。

バザールなどもあり日用品などを購入するのにも最適。そのマケドニアで一番目立つ売り物がズバリ「タバコ」である。スコピエの露店では沢山の刻みタバコが販売されている。なんとその販売単位は「キロ」で販売しているお店もあった。

(スコピエにあるタバコ工場)

マケドニアはタバコが安い。

一番メジャーなマケドニアのタバコは1箱が日本円で75円ぐらいだった。宿のオーナーの女性も朝からプカプカと庭でタバコを吸っていた。街を歩いていてもタバコを吸っている人は多い。

(トルコ人街では小さな商店が多くイスタンブールのような雰囲気)

曲がりくねった路地の場所で売り物が分かれている。

貴金属や衣類、新しい物だと携帯グッズを売るショップ。

新市街と違って素朴な雰囲気の旧市街。

ここでの食事もハンバーガーを食べた。マケドニアに来てからハンバーガーを何度も食べてしまう。マケドニアのハンバーガーはポテトも一緒にパンズに挟んで食べるスタイル。日本のビックマックの1.5倍ぐらいの大きさ。

(チュロッキーを買ってみた。予想以上の甘さで歯が溶けそうになるw)

さいごに

(最初から最後まで銅像ぐらいしか紹介するものが無い街だった)

マケドニアを訪れて思ったこと。

新市街は不思議なぐらいに整然とされた神殿のような建物が多くテーマーパークのような作りだと言うこと。神殿のような作りの建物は一体なにか?と見れば、それはカジノである

カジノと言っても飲み屋にロトがついたような小さなお店も多い。

夜になると、地元の男性が酒を飲みながらギャンブルに勤しんでいる。

宿の周辺の住宅街はそれなりに生活感があるのだが、一本道を外れると突然人が居なくなったりする。ジプシーも「マネー!マネー!!」と走り寄って来たことも一度だけあった。

ジプシーが生活している公園やエリアには近付かないほうが良い。

治安が悪いと感じた時は一度も無かった。

夜、街を歩いていて危険な目にあった事もないし、宿のオーナーに聞いても「マケドニアは静かな街よ。」と言っていた。ただ2019年には以下のように外務省の安全ホームページからは注意喚起も出ているので訪れる予定の人は事前情報を集めるようにしたい。

ショッピングモール内における発砲事件

2019年2月4日,午前1時35分ごろ

スコピエ・オールドバザール付近のショッピングセンター「マブロフカモール」のコーヒー店にて,グレネード・ランチャーを使った発砲事件が発生。

被害者は居なかったが犯人はまだ逮捕されておらずテロなのか動機は不明。

北マケドニアにおけるテロの脅威に関する注意喚起

2019年2月15日

当地アメリカ大使館から,北マケドニアにおいて過激派によるテロ行為が行なわれるリスクが高いとの警告が発出されました。

●この警告の背景は確認中ですが,不測の事態に警戒する必要があります。

●最新情報の入手に努めるとともに,人が多く集まる場所(観光施設,商業施設,政府関係施設など)では周囲の状況に警戒するなど自らの安全確保に十分注意を払ってください。

*外務省 海外安全ホームページより

まとめると、健全に治安の良い街だったということ。

スコピエ自体も大きな街ではないし、ブルガリアのソフィアのような大型建造物もない。

ブルガリアやトルコ・インド・パキスタンとも違う落ち着いた雰囲気の街だった。

マケドニアでの滞在を終え次に向かうは隣国アルバニア。

アルバニアも友人知人で訪れた事がある人は一人もいない。事前情報はなし。ネットで調べる限りは幾つかの面白そうな観光地もありそうだ。

次回はアルバニアのティラナでの滞在をレポート。

宿の宿泊は以下のサイトが便利!

ブッキング・ドットコム経由で下記のバナーから予約すると紹介者と利用者の双方に1,800円分のバウチャーがプレゼントされます。

これからも旅を続ける事ができるように応援よろしくおねがいします。

そして利用してくれた貴方も良い旅ができますように。

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