【ワーキングホリデー】

【AUS#03】会社を退職した後のこと。大地震と失業、ハローワーク通いの日々。

【退職祝いにお客さんから株分けしてもらったモンステラ】

 

 

こんにちは!
筆者のRoninRonin@ No more work)です!

 

 

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【AUS#02】エネルギッシュな新卒社員がポンコツマインドになるまで。 【会社帰りによく寄り道した日比谷公園】 【前回の記事はこちらから】 http...

 

 

「すみません、少しお時間よろしいでしょうか?」

 

ヘビースモーカーの上司がオフィス街の小さな路地でタバコを吹かしていた。

周囲に会社の人間が居ない事を確認して、退職の話を切り出した。

 

良くドラマや映画であるように僕の背広の裏ポケットには”退職届”を潜ませている。

何処かのネット上で見つけた定型文に名前を加えただけの簡素な物だった。

 

退職届、退職願などネット上では意味合いが異なると書かれていた気がする。

 

僕の居た中小企業ではどちらも対して変わらないだろうが「届け」とした。

 

「わかった、一応聞いておいたよ。」

 

そう言われ僕は路地裏を一足先に去った。

 

上司は、短くなったタバコの火を使い2本目のタバコに着火したところだった。

 

その後に、社長から呼び出しを受けた。

1時間ほど、退職の引き止めを受けたが最終的には理解をしてもらった。

 

「正社員を辞めると後が大変だぞ。」

「一度辞めた後に戻りたいと言っても戻ることは許さない」

「会社全体としては定着率がいいのに、なぜ辞めるのか?」

 

大体そのあたりの事を聞かれた記憶がある。

正直に「友人と事業をやりたいと思っている」ということを話した。

 

その時には同業なのか?をとても聞かれた覚えがあるが、そうでは無いことも伝えた。

その後、朝礼で僕の退職の件が公に発表され、僕は数日後には会社を去る事になった。

 

この会社では私的な理由で使う事が出来なかった。

溜まった有給消化は1ヶ月分あったので1ヶ月は休んでも給与が支給された。

 

会社から全ての荷物を引き下げた。

今までお世話になった机とピカピカに磨き上げた。

 

 

その後は一緒に事業を立ち上げる友人とは前にも増して良く会うようになった。

 

会社を退職する前は週末を使って友人の仕事を手伝っていた。

会社を退職した後は毎日のように彼の仕事に同行した。

 

早く仕事を覚えたい。

 

年齢は20代半ば、30代半ばの今とはエネルギーが違う。

若い時の情熱というのは今考えると本当にすごい物がある。

 

寝ずに仕事をして、夜は飲み歩く。

そんな日々が1ヶ月、2ヶ月と続き、仕事に慣れて行った頃だった。

 

 

【地震後には計画停電が実施された。居酒屋へ行くとローソクが出て来た】

 

2011年3月、”ドン ガタガタガタガタ!!

 

その日、東京の自宅で休日を過ごしていた時にあの大地震が起きた。

それはいまだかつて無い程の衝撃だった。

 

食器棚の棚は落ち、水槽の水は左右に揺れに揺れ金魚たちはひっくり返っていた。

自宅で飼っていたペットの犬もビクビクと震え、僕らは一緒に机の下に入りじっと地震が収まるのを待った。

 

それから、しばらく街は混乱した。

そして、街以上に混乱したのが僕らの仕事だった。

 

友人が契約していたメインの大口取引先がこの地震で大損害を受けた混乱で取引が停止。

その一社と取引をメインに行っていたので結果、仕事がなくなるという事態になった。

 

そして、友人自身の生活も危うくなっていた。

即戦力にならない僕はどうすることも出来なくなった。

 

数日前まで、笑って、泣いて…。

それでも面白おかしくやっていた日々が一気に消えていった。

 

そして、一緒に事業を立ち上げる話は空中分解した。

成人してから初めての完全な「無職」となった。

 

4年間の会社員生活で貯めた貯金もあるし、これから職安に行って失業保険も申請出来る。

友人とも疎遠になり、失業保険の申請、職探しの為にハロワに通う日々が始まった。

 

 

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