【ワーキングホリデー】

【AUS#30】たどり着け!!ローカルジョブの探し方&メリットとは?

【写真はイメージです。(これは魚屋の写真)】

 

 

こんにちは!
筆者のRoninRonin@ No more work)です!

 

 

【前回の記事】はこちらから。

【AUS#29】激務⁉ジャパレスの調理場体験記。えっアレも揚げちゃうの!? 【日本食レストランで働くことになりました】 【前回の記事】はこちらから。 ...

 

ジュワーッ…。

 

「はい唐揚げ入ったよー!」

「はい!次は海老天セット入ったよー!!」

「はい!手が空いたら洗い物やってー!!!」

 

毎日フライヤーの前で各種の揚げ物と格闘する日々。

 

ジャパレスでのバイトを初めて半月程が経過した。

ジャパレスでの揚げ物担当もすっかり慣れ火傷もかなり少なくなった。

 

波のように入ってくるオーダーもテンパる事なくこなせるようになり。

技術も去ることながら、この仕事は手際が非常に大事だと言うのも分かった。

 

 

他の調理との兼ね合いもあるので、自分一人の作業が遅れると皆に迷惑が掛かる。

社員の人が完成等の役目を果たし、各持ち場に指示をして行くのだが、これが見事。

 

焼き物、揚げ物、寿司などが、この指示のお陰でお客さんのテーブルに全てが同じタイミングで並ぶのである。各持ち場は工場のライン作業のようにバンバンと流して行くのだ。

 

厳しい人も居て、少しでも作業が遅れると煽って来るスタッフもいた。

僕は過去に数々のバイトを経験したが、やはり何処のバイトにも必ずいる。

 

 

バイトを初めて半月ほどすると、在籍しているスタッフの全員と顔を合わせた。

1週間に1度しか来ない人、毎日来る人、1度しか見かけない人など。

 

仕事は慣れて来たが、相変わらずキツく毎日、仕事が終わるとクタクタだった。

仕事で疲れすぎた翌日は学校を休んでしまう日もあった。

 

ワーホリあるある。

ほとんどの人が僕のように、滞在してしばらくするとバイトを始めるようになる。すると学校>バイトだったのが逆になりバイトがメインになっていくのだ。

ワーホリビザで通う語学学校は正規の“学生”ではないので出席日数で退学になることもない自由参加なのだ。「お金を払っていて学校に行かないなんて…!」と思うがやはり、物価が高く生活をする為にはやむを得ない選択になるのである。

それにバイトをしていると新しい友人も出来るので、そちらとの関係が濃くなっていくのもバイトが優先的なりやすい理由でもあると思う。

*旅のひとくちメモ

 

基本的に出勤する日は9割は忙しい。

しかし雨の日など1割ぐらいは暇な日もあった。

 

そういう日は「ラッキー!」とはならないのがジャパレスバイト。

暇な日はバイトは不要となり“早上がり”になってしまう。

 

交通費が支給されない為、早上がりすればそれだけ1日の稼ぎが減る。

一度の出勤に同じ額の交通費を払うので稼ぎが少ないのはリアルに痛かった。

 

 

給料の面や、仕事の激務も大変だったが、それでも仕事は続いていた。

続けてこれたのはスタッフが皆良い人だったからだ。

 

仕事が辛い分、チームワークもよく皆がフォローしあっていた。

やはり仕事を長続きさせるのは、それ自体の辛さよりも人間関係が一番大切だ。

 

そうして、学校、バイト先、知り合いの知り合いなど…。

学校以外での知人が増えていった。

 

新しい知り合いが出来て、国籍問わず必ず話題になることがある。

 

それは、仕事についてだ。

 

皆、物価高のオーストラリアでは必死に仕事を探している。

二言目には「いい仕事ない?」と情報交換をする。

 

 

皆、少しでも条件の良い仕事に就こうと必死なのだ。

日本人は当然ジャパレスで働いている人も多い。

 

「あそこのジャパレスはマジでキツイ…」

「あそこのジャパレスはスタッフのいじめがある…」

「あそこのジャパレスは給料が悪い…。」

 

などワーカーの間では色々な情報が交換される。

経営者も日本人ばかりではなく、経営者は多国籍である。

 

 

そういった情報交換をしていると、自分が働いているレストランは当たりだった。

話しを聞いていて一番怖かったのは「日本人同士のいじめ」だ。

 

何が悲しくて外国まで来てワーホリに来た人同士で、いがみ合う必要があるのか。

やはり仕事をするのなら、事前に働いている人から雰囲気などを聞くのは大事だ。

 

 

そんな日々を過ごしている中。

僕がシドニーで知り合った日本人の家族が居た。

 

ある、きっかけからその家族と仲良くなり自宅に食事に招待して貰った。

更に、その人たちから新しい仕事を紹介して貰ったのだ。

 

 

どうやら、その人が仕事を辞めるので欠員が出るからどうか?

という内容だった。この誘いに僕は「YES」と即答した。

 

 

しかも、その仕事は正規の現地の仕事で給与も最低時給以上。

通遼、「ローカルジョブ」と言われる現地の人も働く仕事だった。

 

 

基本的に良い仕事と言うのは、探すのがかなり難しい。

まず、自力で探すとなれば英語力は必須だ。

 

英語力や、特殊な技術があれば良いが無い場合は…。

誰でも出来る仕事に就くしか無い。

 

 

僕には、その英語力がないのでコネでたどり着くしかないのだ。

そのコネが幸運にも僕に巡って来た。

 

僕は早速、紹介して貰った仕事先にメールを送った。

ありがたい事に、紹介してくれた人が事前に僕の事を職場に話していてくれていた。

 

メールで求人応募の件について書き、英語で履歴書も作った。

履歴書と言っても日本のようなガチガチな物では無く自分をアピールする内容がメイン。

 

 

この履歴書はシェアメイトのジェイとチャンに手伝って貰った。

ここで大事なのは、誰でも安易に仕事の事を相談するのはよくないと言うこと。

 

前述したように良い仕事は取り合いになる。

ローカルジョブであれば給料も高く、仕事環境も良い。

 

 

誰だって給料が安い仕事よりも、そちらを選択したいだろう。

だから、「〇〇の求人に応募しようと思っているんだ!」と人にバラしてはいけない。

 

ずる賢い人間ならば、我先にと連絡して求人枠を奪われてしまうからだ。

その点、シェアメイトの二人は既に仕事を持っていたし信用も出来た。

 

 

一応、バイト先の詳細は伏せて相談をしたが、相変わらずとても親身になってくれた。

ジャパレスでバイトを始めてから、3回に1回の割合いで残り物を貰って来る事があった。

 

売れ残りのお寿司や海苔巻き。

それを彼らと一緒に3人の部屋でつまみながら面接の練習にも付き合ってくれた。

 

ジャパレスでのバイト、学校の授業。

バイトを初めてからは、以前のように暇を持て余す日はほぼなくなっていた。

 

残り1ヶ月もすれば学校が終わりバイトだけの生活になる。

僕はそれまでにジャパレス以外の仕事をどうしても手にする必要があった。

 

 

一番恐れていたのは、完全に英語を話す機会が無くなる事だった。

ジャパレスでの仕事は全てが日本語、家で話す英語はわずかなものだ。

 

すると、オーストラリアに来て日本人の中で生活する。

そして、英語を全く覚えないまま時間を過ごし帰国…。

 

という流れになってしまう。

 

それだけは避けたかった。

オーストラリアの「日本の中」で働き、シドニーからも出ない。

 

大自然も見ず、動物を見たのも動物園だけ。

そんなワーホリで終わるのはまっぴらだった。

 

 

そんなある日、先日メールを送ったローカルレストランから返信があった。

文面には、面談の日付、持ち物などが書いてあった。

 

「よしっ!」

 

僕は来たる日の面談に向けて準備を進めていった。

そこで気づいたのは僕の英語力も確実にUPしていること。

 

英語で届いたメールも“翻訳”せずに理解する事が出来るようになっていることに気づいた。

そこで僕は再び小さな自信を付けることが出来た。

 

 

「必ず面接に合格してやる」

 

 

心に誓った。

 

 

記事を読んでくれてありがとう!
また次回の記事もよろしく!!